DATE 2010. 3.18 NO .



 走る、走り続ける。
 いい加減に止まれと身体中が抗議の声をあげていた、それでも、ただ。

 鬱蒼と木々の生い茂る森の中、差し込む月明かりは道なき道を確かに照らす。
 足元を這う木の根に時折足を取られそうになりながらも、少年は森の向こうを目指して懸命に走り続けた。
 「世界」を知りたい――その想いだけが、少年の足を動かし続ける。






 あの場所から離れるほど明るくなる道を走り抜け、少年の想いを妨げ続けた樹の海もようやくその岸辺を晒す。

「……っ」

 森を抜けた。
 そのために走っていたはずなのに、認識した途端、目の前の事実は身体を震わせた。

「は…っ、はぁっ、はぁっ……」

 急に立ち止まった足はもう限界で、そのまま、少年は倒れ込んだ。
 仰いだ空を遮るものは、何もない。

「ついに…この日が…来た、んだよ、なぁ……」

 火照った身体を包む夜気が心地いい。
 大地は夜露に冷たく濡れていたけれど、あの場所で眠り続ける事の方が少年には耐えられなかった。

 身を横たえたまま、走り抜けてきた暗闇に視線を移す。
 もちろんあの場所が見えるはずもなく、少年を導いてきた月明かりは思ったより細い。よくあんな道を走ってきたものだと、少年は再び大きく息を吐いた。


『……リウ・シエン』


 もう、後戻りは出来ない。


『私、は――』


 数少ない荷物から、石をひとつ、取り出す。

「なぁ……」

 夜空にかざした思い出は、何でこんなものを持ってきたんだと自分でも笑いたくなるほど小さな、小さなものだったけれど。

「初めて見るわけでもないのにさ……これからもっと、知らないものに出会えるはずなのにさ……」

 整った形をした緑のそれが月明かりを通すわけはなかったが、高揚した気持ちのせいか、少年にはいつもと違う色のように思えた。

「綺麗、だよなぁ……」






 どれくらい、そうしていただろうか。
 石を元通り仕舞って身体を起こし、土埃と露をはたいて立ち上がる。まだ夜の明ける気配はなかったものの、周囲の暗闇に反して、心は明るく晴れ晴れとしていた。

 どこへ行くのか、どうやって暮らしを立てるのか。
 何も決まっていない。自分で決めなければいけない。

 それが嬉しくて仕方がない。

「……さよなら、だ」

 少年――リウは森を振り返る事なく、歩き始めた。







≪あとがき≫
 そして大人になる、みたいな。

 戻る気はなかったけど、という発言もあったし、一度は切り捨てていると思うのです、いろいろと。それに断られt
 ただ新しい世界の色は、元々の「世界」と向きあってこそ輝くものでもあるかな、と。





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